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トピック解説
このページには、国連デイリーハイライトで出てきた用語の解説を掲載しています。
国際法関連
人権
地域
安全保障
その他
人権
【人権委員会と自由権規約委員会】
Commission on Human Rights/Human Rights Committee
■次に、Commission on Human Rights についてですが、これは国連憲章第68条に基づいて経済社会理事会によって設置された政治的機関で、53人の加盟国代表から構成されています。名称こそ Human Rights Committee と似ていますが、「この人権委員会こそ、国連機関の中で人権問題を集中的に論議する最重要機関」(横田洋三「人権分野の国連の活動−課題と展望−」国際人権No.7,39頁)であり、主な活動内容としては、国際人権条約を起草することや(例えば、今年採択50周年を迎える世界人権宣言の起草も、この人権委員会が行ったものです)、対象国別またはテーマ別に重大な人権問題を審議したり勧告を行うことなどです。
人権委員会の方も、条約機関とは異なる手続きですが、大規模な人権侵害状況について、個人やNGOからの通報を受理、審査したり、調査を行う権限があります。人権委員会のこうした権限を補佐するために、人権委員会によって人権小委員会、作業部会が設けられ、またテーマ別や国別の特別報告者が任命されます。4月13日のデイリー・ハイライトでとりあげられている特別報告者というのが、まさにここでいう特別報告者のことです。
■日本と人権委員会との関わりとしては、学習院大学教授の波多野里望氏が人権小委員会の委員を務めていること(なお、大変ややこしいのですが、人権小委員会の委員は専門家として、つまり政府代表としてではなく行動するものとされています)、現東京大学教授の横田洋三氏がかつてビルマ(ミャンマー)の特別報告者に任命されたこと、従軍慰安婦問題が人権小委員会でとりあげられ、また特別報告者クマラスワミ氏が調査のため訪日したことなどがあります。
その他、国連の人権関連機関としては、Center for Human Rights(人権センター)と High Commissioner for Human Rights(人権高等弁務官)について説明する必要があると思いますが、また次の機会にしたいと思います。特に、国連を中心とした人権システムや国連の人権活動について興味のある方、詳しく知りたいという方については、日本語の文献でわかりやすく手に入れやすいものとして、阿部浩己・今井直著「テキストブック国際人権法」日本評論社、1996年、(財)アジア・太平洋人権情報センター編「国連人権システムの変動」現代人文社、1997年などがお勧めです。特に、後者は副題が「アジア・太平洋へのインパクト」となっており、アジアという視点で人権問題や国連の役割を考えてみたいという方には、大変興味深く読める本だと思います。
■国連人権高等弁務官は、1993年12月に創設された国連機関。初代弁務官は、アヤラ・ラッソ、第2代弁務官が現弁務官(1997年9月就任)の、元アイルランド共和国大統領メアリー・ロビンソン氏(女性)です。
■アヤラ・ラッソ氏も任期中に訪日したことがある他、メアリー・ロビンソン氏は、今年1月に訪日し、世界人権宣言50周年記念の意義を込めた外務省・国連大学主催の第3回アジア太平洋地域人権シンポジウムで講演を行った他、国内のいくつかのNGOとの交流を持ちました。
■しかし、創設後4年が経った現在もなお、日本国内では、未だに「国連人権高等弁務官」のことはあまり知られていないようです。おそらく、難民高等弁務官と大変名称が似ていること、難民高等弁務官の方は、日本人である緒方さんが任についていること等が原因しているように思われます。
(1998/04/15 美)
1999年3月31日(水)の記事において、"Disappearance"を「減少」と翻訳したことに対して、これは国際人権法の分野で「失踪」が定訳となっている旨の指摘を読者より戴きました。これに関して自分でも少々調べてみました。
有名なところではアムネスティが
Amnesty International uses the term "disappearance" whenever there are reasonable grounds to believe that a person has been taken into custody (including unacknowledged detention centres) by government authorities and their agents and these later deny that the victim is in custody, thus concealing his or her whereabouts and fate.
という定義を与えています。
戦争や自然災害などで行方がわからなくなる「行方不明者」"Missing persons"や、兵士が作戦行動中に消息不明になる−戦死の場合もあれば捕虜になる場合もある−"Missing in Action"とも異なり、国家によって収監されたと考えられるが、そのことを当局が否定し、所在も生死も不明、という状態ということです。
国連においても人権委員会の活動として、強制的または非自発的失踪に関する作業部会(Working Group on Enforced or Involuntary Disappearances)があり、報告のあったケースに関して、関連情報を探索し、一定の条件を満たした場合、当該国の国連代表部に対して説明と調査を求め、当該政府と被害家族との間の媒介的役割を果たす役割を果たしています。
ただし受け取ったケースが発生して3ヶ月以内であれば直接当該国の外務大臣に送付されます。
最近、アメリカ国務省がコソボで10万人の男性が「行方不明」であるとの報告書を公表した、と日本のメディアが一斉に伝えました。このもとになっていると思われる Fact sheetsでは、"missing men"という表現です。
"Disappeared person"が存在すると認定することは、該当する政府が非人道的な行為を行っていると断定することであるので、十分な証拠がそろうまでは別の表現をとることがあるようです。
このFact sheetでも事態の正確な把握を継続する旨の記述が別のところにありますが、事実であると確認されるよりも、無事にその方々が戻ってこられることを望んでやみません。
【参考にした資料】
地域
■1974年に旧スペイン領サハラの自由が決定された後、隣接国モロッコと、アルジェリアが支援するポリサリオ戦線(Polisalio Front)が、西サハラの領有権をめぐり、続いている紛争。75年、モロッコは西サハラ併合を主張し、国連の民族自決の決定に反対、西サハラに向け35万人の市民を動員した「緑の行進」を行った。
■ポリサリオは、モーリタニアの干渉を排除し、サハラ・アラブ民主共和国(SADR Sahara Arab Demoocratic Republic)の樹立を一方的に宣言し、アフリカ統一機構(OAU)の加盟国31カ国もこれを承認した。SADRのOAU加盟問題を巡り、モロッコは、国連の調停に持ち込まれ、国連安保理は91年5月、国連西サハラ住民投票監視団の設置を決定した(安保理議決690)。しかし、投票者登録名簿の作成をめぐり、投票資格判定問題で、双方の納得が得られず今日まできている。
【キプロス】Cyprus
(1998/03/30 勝)
安全保障
安全保障理事会決議第1267号は重要と言えます。これは、「平和に対する脅威」を認定して(determine)、憲章第7章に基づいて(Acting under Chapter Z)具体的な制裁行動に移行したためです。
そして、内容として重要なのは、特定国(米国)を侵害する「テロリストの引渡拒否」を、安保理決議が「国際の平和に対する脅威」と認定し、制裁するパターンが、これで3例目であり、ほぼ実行として確立しつつある制裁理由になってきたと評価されることです。
これ以前の先例としては、96年のスーダンに対する決議1044号、1054号、1070号と、92年のリビアに対する制裁決議731号、748号、883号(93年)があります。
リビアに関しては、88年のロッカービー事件(英国上空でのパンナム機の爆破)の容疑者が、リビアの国家工作員によってなされたとして、英米が安保理を動かして制裁に踏み切ったものです。リビアは、逆に英米を相手取って国際司法裁判所(ICJ)に提訴しました。一方、98年中にオランダでの仲裁裁判合意が成り立ち、99年4月に二人の容疑者のオランダへの引渡が実現しました。しかし、ICJでの裁判は現在も係属中です。
反米テロリズムは、80年代以降の世界に吹き荒れ始めた新しい低強度紛争(low intensity conflicts)ですが、従来なら一国の国内問題に収まるような問題を、あえて、アメリカ主導で安保理の場で「国際の平和に対する脅威」と構成することには、多くの異論があります。
リビアの場合、引渡拒否自体は、民間航空機の安全阻害に関するモントリオール条約の「引渡か訴追か」の義務(7条)のうち、国内法による自国民不引渡原則に基づいて、訴追の選択を選ぶことができ、引渡は義務ではないとも抗弁できるからです。
(1999/11/22)
その他
1981年5月、イラン・イラク戦争がもたらす緊張に対処するため、湾岸の君主制アラブ6カ国(クウェート、サウジアラビア、バーレーン、カタール、アラブ首長国連邦、オマーン)が設立した機関。本部をサウジアラビアの首都リヤドに置き、経済、情報、社会などの分野での協力や、軍備の統一推進を目的とするが、湾岸諸国に対する超大国の介入を排除するための、集団安全保証体制を確立することがその本意であるとみられている。
【集団殺害罪の防止及び処罰に関する条約】
the Convention on the Prevention and Punishment of the Crime of Genocide
1948年12月9日に国連第3回総会ぶおいて全快一致で採択。1951年1月12日に発効。「ジェノサイド条約」とも呼ばれる。前文および19条からなり、平時・戦時を問わずジェノサイドを国際法上の犯罪とし、その防止・処罰を義務づけている。日本は未加入。
1972年の第17回ユネスコ総会で採択された「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」に基づき人類にとって普遍的価値があると認められた建造物・遺跡・自然環境などが選ばれる。UNESCOの組織である世界遺産委員会(World Heritage Committee)が制定する。
【国際海洋法裁判所】 International Tribunal for the Law of the Sea
国際海洋法裁判所は、国連海洋法条約およびこの条約の付属書VIによって設立され判事の任期は、9年で裁判官は21人は、ローテーションを組んで、裁判にのぞむ。
また、裁判所のなかに11人からなる海底紛争裁判部が常設されています。
国家間の紛争のみではなく、締約国と国際深海機構間、事業体、国営企業や法人契約間のものなども海底紛争裁判部が管轄権をもつとされているそうで、国家以外の主体も出訴できることに特徴があります。
【国連海洋法条約】 UN Convention on the Law of the Sea
漁業や海底資源開発など海に関する各国の権利を定めた条約。日本は1996年に6月にこれを批准し、翌7月から発効。
これ以前は、海の国境線を海岸線から12カイリ(約22km)として領海と定め、更に魚を優先的に捕獲できるとする漁業水域を海岸線から200カイリ(370km)とする二つの基準を定めていた。
この条約により、領海の外側12カイリの範囲が密輸などの取り締まる事が出来る「接続水域」となり、加えて漁業水域の範囲は、「排他的経済水域」として資源の開発などの権利を待つ領域と定められた。
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Updated : 2006/04/19
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